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(昭和25年 蛍茶屋車庫 撮影 江本 廣一氏)
※復旧後の原型スタイル、オープンデッキ構造が特徴


(昭和32年 蛍茶屋 撮影 田栗 優一氏)
※昭和29年2月に折り戸が設置され、車内仕切りを撤去。密閉型車体に改造後の晩年の姿
120形でビューゲルとこの塗装になったのは124号が唯一

(昭和年34年  撮影 田栗 優一氏)
※廃車となり既にビューゲルを外されている

火災復旧車 2代目124号

経歴表

明治41年7月28日

日本車両で大阪市129号として新造

昭和2年8月10日

長崎電気軌道が譲受 

昭和3年1月25日

長崎電気軌道120形124号として入籍

昭和19年10月10日

大橋車庫火災で半焼 休車

この間休車

昭和22年4月30日

車体を更新修理
2代目124号として復旧

昭和28年2月

折戸を設置し密閉型車体に改造

昭和29年2月

20形20号の台車にはきかえ(電動機GE-54)に、124号の台車は118号へ

昭和34年2月

160・170形入線と代替に廃車


参考文献
THE TIGHT COUPLAR47号(京都鉄道趣味同好会 昭和27年10月19日発行 「長崎の電車」 田栗優一氏)
鉄道ピクトリアル41号 昭和29年12月号(私鉄車両めぐり18 昭和29年10月発売 長崎電軌 田栗優一氏)
長崎電気軌道株式会社 40年誌(昭和29年10月20日発行)
鉄道ピクトリアル275号 昭和48年2月号(私鉄車両めぐり95 昭和48年1月発売 長崎電気軌道 田栗優一氏)
長崎電気軌道株式会社 五十年史(昭和42年4月1日発行)
日本路面電車同好会 シュタットバーン12号(大阪市電特集 「長崎に来た大阪市電」平成2年9月発行 梨森武志氏
チンチン電車80年(昭和48年 東京出版企画社編 立風書房)
田栗優一氏、山城正一氏など諸先輩ファン氏の調査
※1.長崎電気軌道全車両履歴表 (昭和58年3月20日製作 日本路面電車同好会 梨森武志氏)
及び梨森武志氏のその後の調査による

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