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長崎唯一の他都市からの借入車、

前面に窓がない明治スタイル


借入車

九州電灯鉄道(3・13・15号)


profile

車種

木造単車

両数

3両

自重

7,0〜8,0t

定員

40〜45人   

全長

7,576mm

全幅

2,184mm

全高

3,349mm

コントローラー

GE-B18

台車形式

Peckham

車輪径

790mm

モーター形式

GE-54A

モーター出力

18,6kw×2

歯車比

67:14

ブレーキ

手動・電気

製造年

明治36〜39年頃

在籍期間

大正10〜11年

製造メーカー

※7.大塚工場

通算8ヶ月


解説


文中の※1〜は下記参考文献からの引用を示しています。

誕生
東鉄形と呼ばれていた、元東京鉄道※6.明治36〜39年にその前身の東京市街鉄道1形として新造された499両のうちの15両。
明治43年の福博電気軌道開業時に譲り受けたもので、福岡では1〜15号だった。福博電気軌道は明治45年に九州電灯鉄道に、大正11年に東邦電力、更に昭和9年に福博電車、昭和17年に西鉄福岡市内線と社名変更している。
大正10年5月23日の茂里町車庫火災で保有車両39両中19両を焼失。車両不足に陥ったため、※5.急遽、福岡の九州電灯鉄道(のちの西鉄福岡市内線)よりピンチヒッターとして10両借り受けるよう交渉したが、僅か3両を借りるに留まり、他社からの借用交渉も不成立に終わった。
特徴
※5.火災の7日後の5月31日に長崎に到着した。この電車は明治時代のいわゆる馬車スタイルの車体で前面はダッシュボードのみ。長崎では唯一運転台の窓が無く、吹きさらしのスタイルだった。この為、冬場の乗務が大変だったと言う。九州電灯鉄道でもオープンデッキスタイルはこの形15両のみだったので、早い時期から余剰車になっていたものと思われる。また、長崎で走った最古の車両でもある。
その後
古い車両の割に借入料が高かった(9ヶ月で新車1両分)為、40形を急遽新造して両数が出揃った翌11年2月22日付で返却され、在籍期間は最短の8ヶ月となった。様々な意味で長崎電気軌道の車両史上に残る車両だ。
※5.
なお、13号は返却前夜、下の川終点に到着の際、留置中の車両に追突、運転台を大破したが、契約期限の関係上そのまま返却している。
塗装の変遷
※5.福岡の九州電灯鉄道(のちの西鉄福岡市内線)からの借入車で、長崎での在籍期間中塗装、番号、社紋などそのままで、翌11年2月の返却まで終日フル運転され、当時としては非常に珍しかったそうだ。
集電装置の変遷
写真から推定すると、当初、2本1組で車体中央に設置されてものを終点で折り返す度にヒモを引っ張って回転させていたと思われる。


参考文献
※1.THE TIGHT COUPLAR47号(京都鉄道趣味同好会 昭和27年10月19日発行 「長崎の電車」 田栗優一氏著)
※2.十年誌(大正13年5月発行 長崎電気軌道)
※3.鉄道ピクトリアル275号 昭和48年2月号(私鉄車両めぐり95 昭和48年1月発売 長崎電気軌道 田栗優一氏)
※5.長崎電気軌道株式会社 五十年史(昭和42年4月1日発行)
※6.都電車両総覧(平成11年5月 江本廣一著 大正出版)
※7.福岡・北九州 市内電車が走った街今昔(平成14年4月 奈良崎博保著 JTBキャンブックス)

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