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※イラスト図面化 長崎電気軌道(株)1987-2005 承認済
 
※イラスト図面化 長崎電気軌道(株)1987-2005 承認済

長崎初の密閉型車体を採用した
長崎を代表する自社製車両

40形(40〜61号)


profile

車種

木造単車

両数

22両

自重

7,5t

定員

46人

全長

8,230mm

全幅

2,134mm

全高

3,202mm

コントローラー

WH-B18L

台車形式

Brill21-E

車輪径

787mm

モーター形式

WH-506

モーター出力

17,5kw×2

歯車比

90:14

ブレーキ

手動・電気

製造年

大正10〜11年

製造メーカー

長崎電気軌道・車両製作部  (茂里町工場)

在籍期間

大正10・11年〜昭和40年

在籍年数

通算23〜42年間


解説


文中の※1〜は下記参考文献からの引用を示しています。

誕生
※5.大正10年5月22日に発生した茂里町車庫(当時のメイン車庫)火災により保有車両の半数近い19両もの車両を焼失したため、車両不足を補う目的で、大正10年〜11年にかけ22両が急造された。
火災発生の半年後には早くも4041424344号が登場し、ピンチヒッターとして九州電灯鉄道から借り入れていた借入車を大正11年2月22日付で返却している。
特徴
※5.台車・電気機器類はアメリカのWH社製品を東京の高田商会を通じて購入。
急造された割には車体の形態は20形から大きく変わり、1形20形までの運転台と客室が分離され運転台にはドアがないオープンデッキスタイルから、運転台と客室の間の仕切りを取り払い仕切り棒(※5.当初H形ポールだったが、戦後輸送力不足の改善策としてI形ポールに改造)に、運転台横には側戸を設け大きく近代化された、長崎初の密閉型車体採用。冬季や雨の際の乗務が大幅に改善された。 この側扉とステップの隙間を、ドアと連動して開閉する珍しい折り畳み式塞ぎ板が設けられたいたが、戦後撤去されてしまった。※1.このドアは上部でぶら下げているだけの構造だったので、ブラブラしていた為、走行中は横揺れでかなりの騒音を発していたそうだ。
当時としては、まだまだオープンデッキスタイルが主流だった事から、その斬新なスタイルから200形登場までは「新型車」と呼ばれた。
※2.台枠には古レールを2本使用していたため運転台と客室の床面は1形以来の再度フラットになり、※1.ステップが470mmもある事から市民からは評判が良くなかった。
※2.
また、運転台の正面中央窓も1形同様、中央窓が左右よりも一段高くなっていた。
※2.新たに設けられた側面窓間の吹き寄せの内側には、当初鏡がはめてあったが戦時中撤去された。
※1中には台枠に古レールを利用し外板に鉄板を張り、リベット止めした車も(40.44.47号)も存在した。また、最後に製造された6061号の2両は側窓が1枚少ないのが特徴であった。
※1戦後製造された「戦災復旧車」もこの40形を基本としており、車体形態的にはほぼ同一形式。※5.故障も少なく戦前・戦後の長崎の復興輸送に永年に渡り大活躍。戦後の200形ボギー車登場までは、※7.長崎の単車を代表するスタイルの電車であったと言える。
その後
昭和20年8月9日の原子爆弾投下により45・46・49・5051・53・57・58号の8両を焼失。
このうち45・49・51・53・57号の5両は部品を再生して車体を新造。戦災復旧車として蘇り、再び40形の番号(2代目)で昭和40年代まで活躍した。
戦後は14両が生き残り。昭和29年に40号、31年に42号、37年に43号の車体を車体更新車の新造車体に載せ替え、54号の車体を62形の車体に載せ替え40形の車番(2代目)のまま活躍した。結局、廃車までオリジナル車体で活躍したのは10両で、昭和32年4・5月の56・59号、34年2・3月4447号、37年3月の52号、38年4月の485560号と次々とその数を減らしていき、昭和40年7月1日付けで最後の4161号が廃車され形式消滅した。
塗装の変遷
※9.デビュー時は小豆色だったと推定される。※3.緑一色が最も長く採用され(※8.昭和6年頃以降)。昭和28年から上半分クリーム、下半分グリーン、正面V字形の湘南電車風塗装に。42号は昭和29年、試験的に神戸市電色に、さらに昭和36年頃から全車正面のV字形を直線に改めた現在の標準塗装になり全廃時もこの色であった。
集電装置の変遷
※7.この40形からポール集電、前後各2本2組設置で登場している。
戦後残った10両は※3.昭和24年4月に片側1本ポール化。※2.昭和28年10月にビュゲールに取り替えた。


参考文献
※1.THE TIGHT COUPLAR47号(京都鉄道趣味同好会 昭和27年10月19日発行 「長崎の電車」 田栗優一氏)
※2.鉄道ピクトリアル41号 昭和29年12月号(私鉄車両めぐり18 昭和29年10月発売 長崎電軌 田栗優一氏)
※3.長崎電気軌道株式会社 40年誌(昭和29年10月20日発行)
※4.鉄道ピクトリアル275号 昭和48年2月号(私鉄車両めぐり95 昭和48年1月発売 長崎電気軌道 田栗優一氏)
※5.長崎電気軌道株式会社 五十年史(昭和42年4月1日発行)
※7.長崎「電車」が走る街 今昔(平成15年6月8日発売 田栗優一氏著 JTBキャンブックス)
※8.日本路面電車同好会 梨森武志氏の調査による
※9.筆者の見解による

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