さようなら軽快電車2002号
1980年〜2010年 3月31日引退
特記以外の撮影:崎戸 秀樹 情報提供:長崎電気軌道
1.デビュー当初 2.活躍した時代 3.近年 4.最後の
貸切運転
その1 その2
5.さようなら
運転

■電照広告(1981年〜)
昭和56年には「軽快電車」のプレートが外され、2001号は「岡政」(現在の長崎大丸)、2002号は「長崎一番」(蒲鉾メーカー)の電照広告が入れられ、数少ない「冷房車」をアピールするステッカーが付けられていた。
(2002号は昭和58年 西浜町)(2001号は昭和56年 大橋)

■カラー電車(1984年〜)
昭和59年(1984年)2002号は新型車初のカラー電車に、当初は軽快電車カラーを模したデザインだった。以来、2002号はカラー電車になることが多かった。(1984年 西浜町)
極たまに、標準カラーの戻る事があった2002号
後年は白プレートになっていたが当時はまだ「軽快電車」のプレートを装着していた。
(1984年2月1日 長崎駅前)

■開業70周年記念招待運行(1985年8月20・22日)
1985年(昭和60年)、デビュー5年目の夏
開業70周年記念イベントの一つとして行われた小学生・お年寄りを対象とした「招待運行」
2001・2002の珍しい続行運転で8月20日、22日に開催された。
浦上車庫前で並ぶ2001(標準色)2002(カラー電車)
(上:岩屋橋、下:長崎駅前〜五島町)
(下:軌道移設前の蛍茶屋)
公会堂前
(左:大橋→松山町、右:浜口町→松山町※現在の長崎西洋館の場所)

■開業70周年撮影会(1985年12月8日)
長崎路面電車の会主催行事として長崎電軌全面協力で行われた撮影会
全留置線を使用して行われた。

■鉄道友の会グローリア賞受賞式(1986年12月18日)
鉄道友の会の「グローリア賞」(現在は廃止)を受賞。
2001号と168号で記念運行が行われた。
(上:浦上車庫、中:軌道移設前の蛍茶屋、下:正覚寺下)


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