| さようなら軽快電車2002号 | |||||||
| 1980年〜2010年 3月31日引退 | |||||||
| 特記以外の撮影:崎戸 秀樹 情報提供:長崎電気軌道 | |||||||
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| 開発の経緯 | |
| 低騒音・低振動で乗り心地が良く、運転操作の簡単な21世紀の乗り物として通用する高性能な近代的路面電車を「軽快電車」と名付けて開発する事になり。1977年(昭和53年)から3ヵ年計画で、旧運輸省の指導のもとに(財)日本船舶振興会の補助事業として、(社)日本鉄道技術協会が開発委員会を設け、学識経験者、監督官庁、メーカー、ユーザーが参加。長崎電気軌道も参加していた。 開発最終年の1980年(昭和55年)。軽快電車の構成要素を組み込んだ補助金による3車体連接車(3500形)が広島電鉄で試験走行するに至りましたが、全国的に需要が高いと見られる「単体」(ボギー車)の路面電車は図面上の検討のみであった為、他軌道事業者の車両計画の見本の意味を込めて、初の実用車として2000形2両を制作。 開業65周年を記念し、搬入1週間後の長崎の原爆の日である8月9日に運行開始した。 これが後の熊本市電8200形、広島電鉄800形軽快電車の発端となった。 (長崎電気軌道「ふりかえる二十年のあゆみ」より) |
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| 2000形と同期の広島電鉄3500形 | 2000形をベースとした広島電鉄800形 |
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| ■デビュー前(1980年) | |||
| 1980年6月26日 アルナ工機 | 1980年7月 川崎重工 | ||
| 路面電車としては極めて異例で車両メーカーで公開された2001号 製造は車体はアルナ工機(現アルナ車両)、組み立ては川崎重工で行われた。 (画像提供:長崎電気軌道) |
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| ■搬入(1980年8月2日) | |||
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| 7月31日川崎重工を発送。大阪港→小倉港(フェリー)、小倉港→浦上車庫(陸送)で8月2日早朝長崎に到着した。 (1980年8月2日 浦上車庫)共に2002号 |
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| ■試運転(1980年8月5〜8日) | |||
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| 8月9日には蛍茶屋車庫で出発式が行われ、営業運転に就いた。 (上、大学病院前、下浦上車庫前) |
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| ■鉄道友の会 ローレル賞受賞式(1981年8月2日) | |||
| 「初の実用車」という点が評価され、昭和56年度の鉄道友の会「ローレル賞」を受賞した。 長崎電気軌道初受賞で、後に3000形も受賞している。 同時デビューの新型路面電車、広島電鉄3500形、名鉄880形を抑えての受賞となった。 搬入からちょうど1年後の8月2日に多くの鉄道ファンの前で受賞式が行われた。 (1981年8月2日 浦上車庫) |
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| 2001〜168〜2002の順で記念運行が行われ、終了後3両並べての撮影会が開催された。 | |||
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| 168号はまだ緑塗装の復元工事前で、2000形に引けを取らない走りを披露した。 | |||
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| 長崎駅前で偶然離合する2両(1981年8月2日) | |||
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前面のヘッドマークの他、車内記念プレートにも花が添えられ、受賞を祝していた。 |
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| ■精霊流し輸送(1981年8月15日) | |||
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| 昭和56年の精霊流し輸送では、唯一、168号との競演が実現した。 精霊流し輸送に毎年のように登場していた168号もこの年が最後の活躍。 今では考えられない1枚。 |
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